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Story:BBDW Event The Thirteenth's Traces ~Thirteen Drive~

From BlazBlue Wiki
Revision as of 23:11, 23 December 2021 by Chao (talk | contribs) (initial page; added transcripts & video)
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第1節 黒い闇①/ 1. Pitch Dark - 1

Summary
ふと、床に臥す日々の夢から覚める。十三の

名を選んだ少女は今ひとつの目的を胸に、 とあるファントムフィールドに立っていた。

Suddenly, she wakes up from a dream of her bedridden days. The girl, choosing the name Juusan, has only one goal in mind as she stands in this Phantom Field.
場を渡った直後の眠気から回復し、魔物の群

れを踏み越えながら先へと進む。周囲に残る 気配は、遠くそびえる塔へと向かっていた。

Recovering from the bout of drowsiness that hit her right after she arrived, she fights her way through the hordes of monsters in her path. Following the traces around her, she heads for a tower in the distance.

冷たい風が、頬を撫でていく。

その感触に、私はゆっくりと瞼を開けた。

なにも見えない……。

いや、見えないわけじゃない。 ただ、見る気がなかった。

目に映るものも、匂いも、音も。 体で感じるすべての情報が、私の意識を通り抜けていく。

見ているのは『闇』。

この体と、そして心に空いた…… 深くて、とても大きな『闇』。

『記憶』という名の、その闇の奥底を ただじっと見つめる。

昨日も。今日も。明日も。その後もずっと。 いつまでも闇を見つめ続ける。

……理由は?

わからない。

……意味は?

わからない。

ただ、その闇から目を離すことが出来なかった。

目を離すとそのすべてが…… 本当にすべてが消えてしまいそうな気がして……。

……だから私は、この無限とも思える記憶の闇を ただじっと見つめ続けた。

???

おはよう、もう起きていたの? 待ってね、いま包帯を替えてあげるから。

…………。

毎日決まった時間になると、私のことを『妹』だと呼ぶ女が 部屋を訪れた。

そして私の顔の包帯を変えながら、 毎日同じような話をして、またいなくなる。

怪我をしているわけでもないのに、 どうしてそんなことをするのか、私には理解できなかった。

そうした日々が続いていた……ある日。

いつからそこにいたのか。

……なぜ、気が付いたのか。

ふと、部屋の窓枠に目をやると、一羽の小さな鳥がとまっていた。

不思議な鳥だった――

真っ白で……。

目の色が、左右で異なっていて……。

そして、その鳥が…………。

十三

…………っ。

Juusan

はっ、として、目が覚めた。

十三

はぁ……またこの夢か……。

Juusan

繰り返し見る『いつか』の夢。

覚醒してなおまとわりつく、懐かしいような、煩わしいような 感覚を振り払うと、『私』は立ち上がり周囲を見回した。

十三

ここは……。

Juusan

ああ、そうだ。 『渡った』直後だったと、自分の状況を理解する。

場を渡った直後は、いつも抗いがたい眠気に襲われる。 短い時で数分。長い時は数時間。

懐に仕舞っておいた懐中時計で、時間を確認する。 今回は……30分くらい、意識を失っていたみたいだ。

十三

致命的だな。これ。

Juusan

これまでのようにある程度安全が確保できるときはいいけれど、 いつもそうとは限らない。

危険な『場』で意識を失う事態に陥る前に、少しでも 軽減されるといいのだけど。

十三

『場』……『ファントムフィールド』、だっけ。

Juusan

……近くには、誰の気配も感じない。 私は、周囲を確認しながら小屋の外に出た。

十三

港町……なのか。

Juusan

古い町並みなのに、綺麗に整備されている。

だけど廃墟のような場所だ。

港町なのに船の一艘もなく、 人……というより、生命体の気配すらない。

道端にはつい昨日誰かが手入れしたかのような花壇があって、 大通りを向いた窓ガラスは一枚たりとも曇っていないのに。

まるで忽然とすべての住人が消えたかのような、 不気味な静けさに包まれている。

十三

なんなんだ? ここは……。

Juusan

そのとき、不意に右目がチリリと痛んだ。

十三

……なんだ。またお前たちか。

Juusan
十三

まったく。どんな場所に行っても、お前たちだけはいるんだな。

Juusan
十三

いいよ。来なよ。 遊び相手になってあげる。

Juusan
十三

……さて。

Juusan

かき消えた奴等のいた場所を踏み越えて、道を先に進む。

前方には、大きな建物と細長くそびえる塔が見えていた。 向かうべきは、あっちみたいだ。

十三

……行こう。

Juusan

まだこの辺りに残っている、 『痕跡』を辿って……。

第1節 黒い闇②/ 1. Pitch Dark - 2

Summary
辿り着いた先は、無人となったイシャナの学

園。建物の奥へ踏み入ると、まだ生きていた 防衛陣が発動し、ゴーレムが立ちはだかる。

Arriving at her destination, she finds herself in an abandoned Ishanan schoolyard. Heading deeper into one of the buildings, she triggers a defense mechanism that is still active, activating a golem.

どこからともなく次々に現れる、あの黒い犬みたいな奴等を 蹴散らして、ようやく目印にしていた塔の近くまで辿り着いた。

気になる痕跡を追ってここまで来たつもりだったけど…… 途中、痕跡はずいぶん深いところを通っているみたいだった。

十三

地下道でもあるのか……?

Juusan

だとしたら、そっちを通ったほうが あの犬たちから身を隠せてよかったのかもしれない。

……どっちでもいいけど。

十三

……っ。

Juusan
十三

これ……この形は……。

Juusan

目指していた建物に入ってすぐ。 真正面に設置された、大きな時計。

それに、私は目を奪われた。

十三

…………。

Juusan
十三

…………あ。

Juusan

自分がなにを感じて、なにを思ったのかわからない。

ただ……無性に胸が苦しくなって、 壊れたように涙が溢れた。

ふと音が聞こえた。 歯車が動くような音。時計の音だろうか。

それだけのことで、理由もわからず心が軽くなる。 涙が吸い込まれるように止まる。

十三

……なんで、涙なんか。

Juusan

濡れた頬を拭って、私は大時計から目を逸らした。 気持ちが乱れるのは良くない。

私はこれを見に来たわけじゃない。

十三

……誰もいないのが救いだな。

Juusan

ため息をひとつ、つく。

こんなところを、私の姉だとかいう奴等に見られたら、 なんて言われるか。

考えただけでも身震いがする。

特に下の姉だ。 なにかにつけて口うるさくて、それにしつこくて。

……やめよう。今は姉たちは一緒じゃないんだから。 離れているときまで、わざわざ悩まされることはない。

十三

……ん?

Juusan

辿っていた痕跡に違和感を覚えて、足を止めた。

私が道しるべにしていたのは、私よりもっとずっと前に ここを通ったであろう、誰かの気配の残滓だ。

人数は、おそらく4人。

そのうちのひとつが、 明らかに進むのをためらう足取りをしていた。

十三

(この先に……行きたくなかった?)

Juusan

それでも、そのためらう誰かをもつれて、 痕跡は先へと進んでいく。

私はそれを追いかける。

十三

……あれか。

Juusan

中庭の奥に、建物が見える。 その様式は、どこか見覚えのあるもののように思えた。

十三

そうか……あの教会に似ているんだ……。

Juusan

教会。私が、姉たちと生活を共にした場所。

元々は神に祈りを捧げるための建物で 下の姉が幼いころ暮らしていた家だったらしい。

正確には、家があった場所。 『事情』があって、その場所を譲り受けたんだとか。

私は神なんて信じてもいないけど…… 目の前に見えている建物も、教会と同じ類のものかもしれない。

十三

…………。

Juusan
十三

……まったく。今日は、よく思い出す……。

Juusan

過去の記憶は好きじゃない。

私は雑念を振り払うように頭を振り、 気配の痕跡を追って、その建物へ向かった。

中に入っても人の気配はしない。 追っている痕跡は、建物の奥へと続いていた。

辺りを見回すと、そこかしこに魔術的な処理が施されている。 術式とも違う、もっと古い術のようだ。

おそらくかつては相当に強固な結界が張られていたのだろう。 やはり、神聖な儀式などに使われていた場所に違いない。

この建物内には、あの黒い犬どもは入れないだろう。

十三

体を休めるなら、ここが良かったかな……。

Juusan

そんなことをぼやきつつ、建物の奥へと足を踏み出す――

十三

……っ!?

Juusan

瞬間。嫌な感触が全身を覆った。

十三

迂闊だ……。

Juusan

これだけ魔術処理を施した建物だ。 防衛陣の術が生きていても不思議はない。

この場所の空気に飲まれたのか、教会を思い出したからなのか、 なんにせよ一瞬の気のゆるみが招いた不測の事態だった。

まったく、どうしようもなく自分が嫌になる。

十三

ゴーレムか……。

Juusan

警護用のシステムだろう。

単純な命令に従うだけの石人形だ。 複雑な思考はできない。……もちろん言葉も通じない。

そして命令が単純だからこそ……。

単純だからこそ、そのぶん戦闘能力は高い。

十三

戦うためだけに作られた人形か……笑えないな。

Juusan
十三

来なよ……私が、停止させてあげる。

Juusan

第1節 黒い闇③/ 1. Pitch Dark - 3

Summary
建物の地下には機能停止した窯と、そこに佇

む観測者だったモノの影。十三は自らの背負 う刀を向けて、「助けてあげる」と呟いた。

Below the building are the remains of the broken Cauldron, as well as the shadow of the one who used to be the Observer. Drawing the sword from her back, she whispers, “I’ll save you.”
影は悲しげな視線を残し霧散した。同情はし

ない、と自分に言い聞かせ、感じ取った気配 の残滓を手掛かりに十三は『奴』を追う。

With a mournful gaze, the shadow disappears. Saying to herself that she doesn’t sympathize, Juusan chases after “that one,” finding a hint in the traces left behind.

ガラガラと音を立てて石の巨人が崩れていく。

所詮はゴーレムだ。大して強くはない。 けど……。

十三

嫌な攻撃……これ作った奴、相当性格悪いな……。

Juusan

ゴーレムは、こちらの攻撃に素早く対応していた。 その気になれば、もっとまともにダメージを与えてきただろう。

なのに私が大した傷も負わずにすんだのは、致命傷を与える ような命令をゴーレムが受けていなかったからだ。

設置の目的が、 侵入者を追い払うことか、足止めだったからだろう。

必要以上に傷つけたくない。そんな理由からなんだろうけど、 実際に戦ったこっちからすれば、馬鹿にされてる気分だ。

……邪魔はなくなった。 私は屋内の様子を伺いながら、先へ進む。

辿る痕跡は、地下へ降りる階段に続いていた。

十三

ッ……!

Juusan

右目に強い痛みが走る。

この感覚……当たりだ。

階段を降りた先は広い空間になっていて、その真ん中には 異様な紋様となにかの装置のようなものがあった。

それがなんなのか、すぐにわかった。

十三

窯……なんで……。

Juusan

知っている窯とは形状が違うけど、 目の前にあるのは間違いなく窯だ。

話には聞いたことがある。 でも、こうして目にしても未だに信じられない。

十三

人の手で作ったのか……こんなものを……。

Juusan

なんて馬鹿なことをしたんだ。 湧き上がる憎しみをこめて、窯を見つめる。

だがふと、気付いた。

十三

この窯……機能していない。停止してる? ……奴が観測者を殺したのか……?

Juusan

状態を確認するために、私は動いていない窯に手を伸ばした。

そして理解する。 この窯は停止しているんじゃない。

十三

ここも……『止められて』いる……。

Juusan

この前行った忌々しい階層都市の記憶が蘇る。

窯の機能を破壊して止めるなんてこと、 普通はできるはずがない。

誰が、どうやってこれをやった?

微かに澱んでいた魔素が集まってくるのを感じた。

集まってできた黒い影が、 フードを纏った魔術師のような形になる。

初めてじゃない。いつものことだ。 だから驚きはない。

奴は……あの女はもうここにいないだろう。 だったら、私がここにいる理由はない。

早々に立ち去ってもいいが、私は黒い影をじっと見つめた。

黒い影が、ドクンと強く鼓動する。

『不死者殺し』の浸食がうかがえる。

……この『ファントムフィールド』と呼ばれた場は、 二度とまともな再構成はできないだろう。

十三

オマエは、ここの観測者……だったモノか。

Juusan

よっぽど未練があるんだね。 こんな崩れかけの場に執着するなんて。

黒い影

…………。

十三

でも、それは駄目だよ。その『願望』こそが、 オマエをこの歪な牢獄に縛り付ける。永遠に。

Juusan

黒い影と対峙した。

状況をわかっていないのか、願望に囚われているからか。 対峙しても構えることなく、黒い影は立ち尽くしていた。

十三

悪いけど、私はこの方法しか知らない。

Juusan

私は背負っていた大きな『刀』を構える。

十三

それでいいなら……『助けて』あげる。

Juusan

黒い影が霧散する。

影が消え去るとき、酷く悲しい目で見られた……気がした。

同情するつもりはない。そんな目で見られたって、 私にはこれ以上のことはしてあげられない。

……そう思っていても、つい目を逸らした。

十三

これで……いいんだよね?

Juusan

自分に言い聞かせ、心の中に空いた闇を見つめた。

恐ろしいほど深く暗い奈落の闇……。

なのに何故……この闇をこんなにも……。

刀を窯と呼ばれた場所に突き立てる。

どこよりも残滓が濃い。これは、まだ近くにいる証だろう。

次の行き先が決まった。

十三

今ならまだ『奴』を追えるはずだ。

Juusan

第2節 赤い縁①/ 2. Red Fate - 1

Summary
目を開くと灰色の壁が囲む路地、そこに黒鉄

ナオトが通りすがる。十三は彼から伝わる違 和感に取り乱し、思わず斬りかかった。

Her eyes open to streets enclosed by grey walls, and runs into Naoto Kurogane. Juusan is greatly unsettled upon seeing him and strikes at him unthinkingly.
十三

…………。

Juusan

――次に目を開けたとき、そこにあったのは 灰色の壁に囲まれた路地だった。

細い視界の先を、 断続的な音をたてて四角い乗り物が通り過ぎていく。

確かあれは……でんしゃ、とかいう乗り物。

さっきまでいた場所とは、空気の質からして違う。 ざらついていて、埃っぽい。むっとする臭いが充満している。

つい手で口を覆った。

……私が生まれた『時』よりも、ずっと昔。 過去の時代の『場』だ。

以前にも訪れたことがあるけれど、 このいやな臭いのする空気にはどうしても慣れない。

十三

この辺りは特にひどいな……。 とりあえずどこか……。

Juusan
???

おい、あんた。

十三

ん……?

Juusan
ナオト

大丈夫か? 気分でも悪いのか?

十三

……!?

Juusan
ナオト

こんなところに女の子ひとりでいたら、危ねぇぞ。

ナオト

にしてもあんた、妙な格好してんな……。 ド派手な真っ赤なコートに、背中のそれは……本物か?

ナオト

なんかの撮影……って感じじゃねぇけど。 なあ。あんた、ここでなにしてたんだよ。

十三

お……。

Juusan
ナオト

『お』?

十三

お、お……お、お……。

Juusan
ナオト

あん? どうし……。

十三

お……<size=150%>オマエ、誰だ!?!?</size>

Juusan

第2節 赤い縁②/ 2. Red Fate - 2

Summary
再び強烈な眠気に襲われ、やむなくその場を

離脱した。しかし行く手にまたも魔物の群れ が出現、重たい体を奮い起こして応戦する。

Taken over by another bout of sleepiness, Juusan has no choice but to leave the area. However, monsters appear in her way, and she fights them off with sleep-laden limbs.
ナオト

おい! 暴れんのもたいがいにしろよ!! なんなんだよてめぇは!?

十三

……わからない。

Juusan
十三

理由なんか全然わからない。だけど本能が囁くんだ……。 オマエをぶった斬れって……。

Juusan
ナオト

そういうのはモノローグで言ってくんない!?

ナオト

つか、理由がアブなすぎるだろ! なんだって理由もわからんまま、斬られなくちゃならねぇんだ!

ナオト

……あ? ああ、大丈夫。 わかってる。

十三

……?

Juusan

この男、誰と話してる……?

十三

あ、ぅ……。

Juusan

突然、視界が歪む。足元がふわふわする。 ……まずい。例の眠気が……。

ナオト

お、おい? あんた本当に大丈夫……。

十三

うるさい……構わないで……。

Juusan

精一杯の虚勢で男をにらみつけると、私は今にも倒れそうな 体を引きずって、全力でその場から離れた。

ナオト

あ、おい、待てって!

???

いいわよ、追わなくて。

ナオト

なんでだよ、ラケル。

ラケル

彼女は敵じゃないわ。

ナオト

めっちゃ攻撃されたんですけど!?

ラケル

怯える子猫を刺激するからよ。

ラケル

それに……たぶん、だけれど。 あなたはあの子に関わっては駄目。

ナオト

なんか曖昧な言い方だな。

ラケル

……それに。あとはお任せしていいと思うわ。

市街地を抜けると、目の前には廃墟が広がっていた。

突然の廃れた雰囲気は、さっきまでのいかにも平穏そうな 町並みと比べると、あまりにアンバランスだ。

だけど今の私には都合がいい。 とにかくすぐにでも、休める場所を確保しないと。

十三

……さっきの男は……追ってきてないか。

Juusan

無意識のうちに、ほっと安堵の息をつく。 追われていたら、ここにたどり着く前にやられていたかも。

十三

っ……そろそろ、限界……。

Juusan

眠気が泥のように体にまとわりついて、 引きずり込まれそうになる。

どんどん重くなる自分をなんとか歩かせて、 廃墟の中へと向かう。

だけど、その前に。 ――右目がチリリと、痛んだ。

十三

こんなときに……。

Juusan

黒い犬のような化け物が、いつの間にかぐるりと私を囲んでいた。 いや、まだ。廃墟の影から次々と、現れてくる。

数が多い。だけど……。

十三

やるしかない……!

Juusan

第2節 赤い縁③/ 2. Red Fate - 3

Summary
戦いの中で意識は限界を迎え、再び目覚める

とそこにいたのはクラヴィス=アルカード。 彼は十三へ、ひとつの望みを託すのだった。

十三

……!?

Juusan

斬っても斬っても、まだ現れる。 無尽蔵に湧いてくる黒い魔物を、どれだけ倒したころだろう。

突然、私の周りに集まっていた奴らが、消えた。

十三

なにが……。

Juusan

なにが起こった? なにかが起こったのは間違いない。 だけど……。

それを見定めることは、できそうにない。

十三

っ……もう、無理……。

Juusan

紛れもなく、限界だ。

私はそのまま、沈み込むように意識を失った。

…………。 …………………………………………。

……………………。 ……どれくらい、意識を失っていたんだろう。

目を開けたとき、辺りはすっかり暗くなっていた。

十三

一時間も……。

Juusan

懐中時計で時間を確認して、ひとつため息をつく。

辺りに物音はない。あの黒い犬たちも、いないみたいだ。 息を吐きながら、緊張を解く。

危ないところだった。あのままずっと戦っていたら、 いずれ眠気に負けて、犬どもの中で意識を失っていただろう。

眠りながら戦えるほど、便利な体じゃない。

にゃー。

十三

わっ……びっくりした……猫か。

Juusan

倒れた場所と、辺りの様子が違う。

建物の中だ。どうやら廃墟ではあるようだから、 もうろうとしながら転がり込んだんだろうか。

十三

……オマエのねぐらだったの? 邪魔してごめん。

Juusan

にゃー……。

十三

……なに? ……お腹空いてるの?

Juusan

確か、まだあったはずだ。 私はポケットの中を探って、クッキーを一枚取り出した。

手の中で砕いて、それを猫に差し出す。

猫は私の手の中をそっと覗くと、 砕けたクッキーの匂いを慎重に嗅いでいた。

十三

これしかないんだ。 でも、上の姉が作ったやつだから。安心しな。

Juusan

下の姉が作ったものは、 危険すぎて野良猫にだってあげられない。

猫はしばらくクッキーの匂いを確かめると、 小さなかけらから食べ始めた。

十三

……。

Juusan

つい頬が緩む。地面にクッキーを置いてやると、 猫は必死な様子でそれを食べる。

そっと指先で、猫の小さな頭を撫でた。 埃っぽい毛並みはそれでも柔らかくて、暖かかった。

こんな気持ちを、自分が抱くなんて。 思ってもみなかった。

暖炉の火みたいな。暖かくて、心地いい『気持ち』。

???

優しいのだね。

十三

!?

Juusan

かけられた声は、あまりに突然だった。

気が緩んでいたとはいえ、気配なんてなかった。 物音ひとつなかったはずだ。

なのに、顔をあげたそこには…… 瓦礫の上に腰かけた、ひとりの男がいた。

猫が素早く逃げていく。 私は低く身構える。

なに?

なにこの――『化け物』。

いつからそこにいた。嫌な汗が背中を伝う。 目を逸らせない。

存在そのものが、死を予感させる。

???

安心しなさい。 周囲には結界を張ってあるから、悪いものは寄ってこない。

……違う。結界なんか関係ない。 この男がいるから、寄ってこないんだ。

さっきの黒い犬たちが突然消えたのも……多分、こいつのせい。

男は悠然と立ち上がる。 従えるように、夜空と月明かりを背後にして。

クラヴィス

私はクラヴィス=アルカード。寝顔を見るのは失礼かと思ったが、 待たせてもらったよ。

Clavis
クラヴィス

君は……未確定存在のようだね。

ストレンジャーClavis

十三

拘束機関、解放……!

Juusan
クラヴィス

ああ、その『閉じ込めているもの』は、 しまったままでいてもらいたい。

Clavis
クラヴィス

この街が消し飛んでしまっては、娘が悲しむのでね。

Clavis
十三

娘……?

Juusan

奴はアルカードと名乗った。 その名前に覚えがあった。

十三

……できれば、 アンタたち一族と関わり合いになりたくないんだけど。

Juusan
クラヴィス

君は娘を知っているのか。

Clavis
十三

腹黒いウサギの方ならね。

Juusan
クラヴィス

ははは、そうか。

Clavis
クラヴィス

……君は確か……。

Clavis
十三

十三。

Juusan
十三

私の名前は『十三』。間違えないで。

じゅうさんJuusan

クラヴィス

それが、君が選んだ『名』か。

Clavis
クラヴィス

では、十三。 尋ねたいことがある。

Clavis
クラヴィス

君は、何故戦う?

Clavis
十三

それ、アンタに関係ある?

Juusan

気に入らないけど。他愛ない言葉に威圧される。 私を見据える瞳に、気圧される。

その目は私が知っているよりなお深い『闇』を 見ているみたいだった。だから……。

十三

……私は、素体だった。 境界の中で、兵器として精錬された。

Juusan

もうずっと遠い時間のことだけど。

クラヴィスは黙ったまま私の続きを待つ。 化け物みたいな穏やかなまなざしを向けたまま。

十三

……私はそこで……境界の奥底で 『アレ』を見た。

Juusan
十三

あのときは、なんだかわからなかった。 でも今なら、わかる。

Juusan
十三

『アレ』は、駄目だ。あの力は……人を狂わせる。 人だけじゃない。たくさんのものを、おかしくさせる。

Juusan
十三

だからそれを、私が壊す。ひとつ残らず。

Juusan
クラヴィス

それは、君自身の否定にもつながるのではないか?

Clavis
十三

……そうかもね。

Juusan
クラヴィス

……己の中に矛盾を抱えながら、 それでもなお立ち上がる君だからこそ、託したい。

Clavis
十三

託すって……なにを?

Juusan
クラヴィス

あるファントムフィールドへ渡ってもらいたい。

Clavis
十三

なんで、私が?

Juusan
クラヴィス

君に、とある友人を、助けてもらいたい。

Clavis